ジェニーのマイルとポイント旅行

マイルやポイントを貯めてのんびり旅に出たいジェニーの日記

ことわざを通して人生をふり返ってみる、母について

血は争え・ない

父母特質何らかの形で子どもに受け継がれて現れるものだということ

血筋争えない

 

自分は両親のどんなところを受け継いでいるのか?

今日は母について書いてみます。

 

どんな人だったか

母はとても明るく社交的で面倒見がいい働き者のべっぴんさんでした。

 

子供の頃、行商人のひとをよく泊まらせてあげていた記憶があります。

 

いつも自分の母親のことをほめていました。

 

固定観念にとらわれずいろんなことに興味を示す人でした。

 

 

育った環境

実家は山奥の小さな村で8人兄弟、姉妹の長女です。

 

父親を早くに亡くし、8人の子供を一人で育ててくれた

母親をとても尊敬していました。

 

長女として必然的に年下の兄弟、姉妹の面倒をよくみて

慕われていました。

 

母の趣味

お料理が得意で婦人会で習ったお料理をよく作ってくれました。

 

お裁縫も得意で洋服の縫い方を教えてくれました。

 

畑仕事が好きでおいしい野菜をたくさん作っていました。

 

お友達も多く、農閑期にはよく旅行へも出かけていました。

 

母との別れ

母は76歳で亡くなりました

 

体調不良で入院していたとき、退院の前日に脳溢血で倒れて

しまいました。

 

C型肝炎を患っていたようです。

 

たまたま米国より里帰りしていた妹からの知らせを受け、駆けつけました。

 

兄と妹の3人、24時間交代で看病しましたが意識が戻る事も無く倒れて

一週間後に亡くなりました。

 

 

私は母に似ているのか

さて自分はそんな母のどの様な血(性格)を受け継いでいるのか考えてみます。

 

しいて言えば働き者なてんでしょうか。

 

あとは固定観念にとらわれずいろんなことに興味を持ちオープンなとこ。

 

影響されたことば

明るい人ではありましたが「人生は苦しいことばかり」が口癖でした。

 

それを聞くたび子供心に「親だったらもっと前向きなこと言ってよ」と思っていました。

 

これは母自身が嫁いで体験してきたことに基づいた彼女の嘆きだったのでしょう。

 

好きな人がいても親の決めた結婚をせざる終えない時代、長男の嫁として何かと苦しい

思いを沢山してきたようです。

 

おかげで私と妹がともに国際結婚するとき、「好きな人と結婚しなさい」と

言ってくれました。

 

さいごに

 

その後、母の明るく社交的で面倒見がいい性格は我が家の長女が受け継いでおります。

 

蛙の子は蛙

子供はたいてい親に似るものだ。また,凡人の子はやはり凡人になる,の意とも。

 

母のことを思い起こし自分自身を見つめなおす良い機会となりました。

 

「此の親にしてこの子あり」ですね。

 

次は子供達について書いてみようと思います。