ことわざを通して人生をふり返ってみる、父について
血は争え・ない
父母の特質は何らかの形で子どもに受け継がれて現れるものだということ。
自分は両親のどんなところを受け継いでいるのか?
今日は父について書いてみます。
どんな人だったか
父はとても寡黙な人でかつ短気、怒るとても怖い存在でした。
子供の頃、面と向かって父と話しをした覚えがほとんどありません。
小学生の頃、学校の宿題を何度か見てもらった記憶がぼんやりある程度です。
育った環境
実家は農家で父も母もとても働き者でした。
荒地を開墾して田んぼを増やしていました。
おかげで子供のころから農作業の手伝いをいやと言うほどやらされました。
父の趣味
家に居るときは自分の好きな事に没頭している人でした。
漁が好きでいつも投網を編んでいるか、歌の歌詞をひたすらチラシの裏面に書いていました。
夕食後はテレビで野球観戦、子供に好きな番組を見せてくれるなんて事はございません。
そのため私は好きなアイドル番組を見たくて離れに住んでいた祖父母の部屋に入りびたりでした。
教育に関して
兄が東京の大学に進学した事は父(両親)の自慢でした。
家庭教師をつけ勉強優先で長男に対する期待大でした。
おかげで農作業の手伝いは私の役目でした。
子供のころから男女の差を多いに味わったわけです。
私も田舎から(農作業から)抜け出したく「進学したい」と言った時、
「女に学問はいらん!」と言われたことが強烈な記憶として残っています。
結局2年後、兄のアパートに転がり込んで進学(上京)の夢が叶いました。
毎月二人分の生活費を仕送りしてくれた両親に感謝しました。
父との別れ
父は49歳の若さで他界しました。
都内でアパート暮らしをしていた時、叔父が血相を変えてそのことを知らせに来てくれたことを良く覚えています。
自分も同じような運命だとすると早死にするのかと思っていましたが無事でした。
私は父に似ているのか
さて自分はそんな父のどの様な血(性格)を受け継いでいるのか考えてみます。
まず子供の頃に良く言われた「おとなしい=口数が少ない」、これは父の寡黙さに似たのでしょうか?
自分では「おとなしい」なんて思ってはいません(今でも)、一人で居ることが好きでした。
クラスで仲良しグループにはいらなくても「自分は自分」、平気でした。
スポーツも団体競技は苦手で、自分ひとりでできるランニングや水泳が好きです。
何事も自分で調べ、計画し、行動し、自分との戦いで結果を出す性格は多いに父の血筋を受け継いでいる気がします。
影響されたことば
「女に学問はいらん!」の言葉が私の反骨精神に拍車をかけてくれました。
今では愛のムチだったと良い方に考えています。
また子供のころ両親は農閑期に良く国内旅行に行っていました。
「わたしも行きたい!」と言った返事は「将来自分で稼いだ金で行け!」でした。
言われてくやしい思いをしましたが、今思うとそりゃそうだ、ですね。
自分が家族を持ったとき、子供の頃にしてもらえなかったことを子供達にして
やりたくて甘やかせ過ぎたと今頃反省しています。
その後、父の寡黙さは私の息子が受け継いでおります。
蛙の子は蛙
子供はたいてい親に似るものだ。また,凡人の子はやはり凡人になる,の意とも。
父のことを思い起こし自分自身を見つめなおす良い機会となりました。
「此の親にしてこの子あり」ですね。
次回は母について書いてみようと思います。